様々な“こと”に出会い、“まち”の魅力を伝えながら、押上・業平エリアに新たな賑わいを創出することを目的にスタートした「ことまちプロジェクト」。
家族やグループ向けの長期滞在型ホテル「T-home」の新施設として「T-home彩(SAI)」が2024年9月18日に開業し、その一画には日本料理店「海乃」がオープンしています。


季節の野菜を中心とした日本料理をランチとディナーで楽しめる海乃。
オーナーシェフの海老原勉さんは独学で料理を習得し、墨田区内での間借り営業を経てこの場所で海乃をオープンしました。
扱う食材や店舗の内装、植栽に至るまで、海乃の全てに海老原さんが育んできた縁やこだわりが詰め込まれています。
良い飲食店には「料理」「空間」「人」の3つが必要だと語る海老原さんに、お店に込めた想いを伺いました。
主役は季節の野菜たち。ランチとディナーで味わう日本料理
まずは海乃で味わえる料理をご紹介。
ある日の「海乃のランチ(¥2,100)」には、みずみずしい野菜のサラダを中心に、煮物や揚物、鴨肉や白子など海山の幸が表情豊かに並びます。
この贅沢なプレートを、セットで提供される温かな白ごはんと出汁の香る味噌汁と一緒に味わえば、思わず笑顔になることでしょう。

ディナーコースは約11品の料理と8杯程のドリンク(ノンアルコールも可)を楽しむおまかせコース(¥16,000)。
見た目も艶やかな料理を五感で味わい、ワインや日本酒、お茶やシロップなどのドリンクとのペアリングを楽しめば、ゆっくりと幸福な時間が流れていきます。


「無花果/米粉フリット/クリームチーズ白和え」「バターナッツ南瓜/小かぶ/甘酒醤油/オータムポエムの花/金目鯛松笠仕立て」。
ランチもディナーも、海乃の食事の中心にあるのは季節の野菜たち。
ランチではプレートの中央にサラダが盛られ、ディナーでも肉や魚だけの一皿は存在しません。全ての食材が野菜の美味しさを引き立てる——このバランス感こそ、海乃ならではのスタイルです。
ルーツにあるのは、海老原さんがマネージャーとして勤めていた自然食レストラン。
フレンチ出身のシェフが作る野菜料理に「これまで食べていた野菜と全然違う!」と感動し、仕込みやソース作りの技術を学んで、自分の料理に落とし込んでいきました。
また、2〜3週間に一度は更新されるメニューは、常に変わる気候を反映した「野菜のリズム」に合わせて考案されています。
信頼できる生産者から仕入れた野菜を、そのとき一番美味しい形で提供する、そんな海乃の一皿をぜひ味わってみてください。
バンドも飲食店も、没頭したのは「作ること」
海乃では調理から提供、会計まですべてを海老原さんが一人で切り盛りしています。
お客さんとの気さくな会話を交えながら、美しく盛り付けを進めるその手付きは思わず見惚れてしまうほど。
さぞ長い修行を積んできたのだろうと思い尋ねると「もともとはバンド活動を続けるため、時間の融通が利く飲食店でアルバイトを始めただけなんです」と語る言葉に驚きました。
キッチンよりもホールスタッフやマネージャーとしての経験が多く、スタッフ同士の関係やお客さんの満足度など、店の在り方を客観的に見る姿勢が身についたという海老原さん。
いくつもの飲食店で働く中で、自然食レストランとの出会いをきっかけに、料理を作る楽しさにも目覚めました。
バンドでも曲作りの過程が好きだという海老原さんは、自分が料理の作り手として楽しみながら、お客さんにも理想の体験をしてもらうために、一人で全てを担う現在のスタイルに辿り着きました。


8席のカウンターが厨房を囲む店内は、自然と視線が中央に集まる設計になっています。
その中で、手間のかかる料理を次々と仕上げ、心地よいリズムで提供するのは簡単ではないように思えますが、「バンドのステージで大勢の視線を浴びるのには慣れていますから」と海老原さんは笑顔で語ります。
控えめながらも繊細すぎない絶妙な選曲と音量のBGMにも、バンドや飲食店での経験が生かされているようです。

飲食店は体験できるギャラリー。信頼できる仲間の仕事を預かり広げる
海乃での時間は、美味しい料理だけでなく、海老原さんとの会話や独特の空間から生まれる心地よさにも彩られています。
「来店時に楽しんでもらいたい」という思いから店内の全貌は公開されていませんが、その一部をご紹介します。

まず目を引くのは存在感のあるカウンターテーブル。
黒褐色の鉄刀木と黄白色の黒松、それぞれの一枚板が組み合わさり、座る場所によって異なる表情が楽しめます。
この木材は海老原さんの地元・千葉県我孫子市にある「ひのき工房」で出会ったもの。工房の職人の協力を得ながら、海老原さん自身が丹念に仕上げました。
この木材との出会いが、無機質な空間に自然の温もりを加える、海乃の空間づくりの原点となったのです。

お箸やお皿、カトラリーレストに至るまで、手に触れる道具はすべて日本の作り手によるもの。
歴史を刻んだ品が持つ趣を愛する海老原さんが、手や口に触れる瞬間まで考え選び抜いたものです。また、店内にさりげなく置かれた爪楊枝入れは、長野県の立岩和紙で作られたもの。障子の減少に伴い需要が減った和紙の魅力に触れる機会を、お店を通じて提供しているのです。
日本で過去から受け継がれたものを、今らしい形で発信する——そこには、海老原さんの料理にも通じる思いが込められています。

店の暖簾をくぐり、ドアに至るまでのエントランスは、千葉県野田市のフラワーショップ「BABABA」による植栽が彩ります。
控えめでありながら存在感のあるその設えは、風に揺れる影の美しさまで計算されており、茶室へ向かうような少し緊張感を伴うひとときを演出します。

店内のインテリアを担うのは、同じく野田市のギフトショップ「CB PAC」。
海老原さんが「古道具や作家ものの扱いが抜群」と信頼を置く店主は、海乃のロゴデザインも手がけています。
海乃の空間づくりや食材を依頼しているのは、これまでの活動で知り合い、直接言葉を交わした人たちばかり。イベントでのコラボレーションや、バンドで共演したことから生まれた縁もあり、文字通り「顔の見える」関係によって、空間が作り上げられています。

海老原さん「飲食店にはギャラリーのような役割もあると思います。食事を楽しむ過程で、ものや空間に触れ、それを体感していただきたい。海乃に置かれた道具はすべて購入できますし、植栽や内装に興味を持っていただけたら、その製作者をご紹介することもできます。僕が信頼する人たちの仕事が、お店を通じて広がるきっかけになれば嬉しいですね」。
地域の誇りと思えるお店へ
海老原さんと墨田区がつながったきっかけは、友人がイベントで出すコーヒーに合わせて料理を提供したこと。
その後、イベントの舞台になったシェアキッチンでの間借り営業をスタートさせました。
2年間の間借り営業の中で、自分の理想のスタイルを模索し続けたのち、現在の海乃となる場所との縁が生まれました。
オープンからおよそ半年が経ち、間借り時代からのリピーターを中心としたお客さんに愛されていますが、さらに多くの人に足を運んでもらえるお店を目指しています。
海老原さん「地元の方が記念日に使ってくれたり、観光目的の方がスケジュールに組み込んでくれたりと、時間をとって訪れてもらえるよう、広く情報を届けていきたいです。いずれは『友達に紹介したい』『墨田区にこんなお店があるんだよ』と自慢できる場所になれたら嬉しいですね」。

美味しいお店も、便利なお店もたくさんある中で、飲食店に通う理由の一つは「その『人』に会いに行くこと」だと語る海老原さん。この記事を書く筆者もまた、心地よい空間で海老原さんとお話をする中で、次もまた訪れたいと思える時間を過ごしました。
食事のメニューも、空間のつくりも、時間と共に変化していく海乃。店を訪れ、海老原さんとお話をするたび、きっと新しい発見や喜びに出会えるでしょう。細部までこだわり抜かれた美意識と、気負いのない凛とした雰囲気が同居する空間へ、ぜひ足を運んでみてください。
※文中に記載の料金は取材当時(2024年12月)のものであり、今後変動する可能性があります。

『海乃』
住所:東京都墨田区業平2丁目18−7 T-home彩 東棟101
営業時間:ランチ:11:30〜14:30 (L.O 13:30)
ディナー:18:45 開店/19:00 一斉スタート
営業日:Instagramの投稿にてご確認ください
Instagram:@umino_past.and.present